東急東横線「代官山駅」に、不動産の調査で参りました。
今回の対象物件の所在地は、青葉台二丁目です。
この辺りには江戸時代、豊後岡藩中川家の下屋敷がありました。
豊後岡藩は、現在の大分県竹田市にある岡城を居城とした外様大名です。
*岡城は、瀧廉太郎が「荒城の月」の曲想を得た場所としても知られています。
屋敷には滝や池を配した回遊式の大名庭園があり、江戸時代の地誌にも名所として紹介されていたそうです。
明治に入ると、西郷隆盛の実弟・西郷従道がこの土地を購入します。
従道は、政府を辞した兄・隆盛の東京での生活拠点としてこの土地を取得しましたが、隆盛がここに住むことはなく、従道が別邸を構え、その後は本邸として使用しました。
庭園にも池や滝、大芝生地などの大規模な改修が加えられ、「東都一の名園」といわれたそうです。
現在の西郷山公園の名称も、この一帯が地元で「西郷山」と呼ばれていたことに由来しています。
また、隣接する菅刈公園では、旧西郷邸庭園の遺構調査をもとに、池の一部と2つの滝が復原され、当時の日本庭園の面影を今に残しています。
地形を見ると、この辺りは旧山手通り側の高台から目黒川に向かって大きく勾配しています。
青葉台は古くから富士の眺めにも恵まれ、現在の西郷山公園からも、冬のよく晴れた日には遠く富士山を望むことができるそうです。
江戸時代には大名庭園、そして明治時代には西郷邸。
当時、この高台から眺める景色はどのようなものだったのでしょうか。
現在の街並みから往時の姿を想像してみるのも、土地を歩く楽しみの一つです。
不動産調査では、建物や土地だけを見るのではなく、その土地が歩んできた歴史や文化にも目を向けることで、新たな発見があります。
土地には、それぞれ積み重ねられてきた「物語」がある。
そんなことを改めて感じた、青葉台での一日でした。












